【感想・書評】人物で語る物理入門(岩波新書、米沢富美子):アリストテレスからクォークまで
【感想・書評】人物で語る物理入門(岩波新書、米沢富美子):アリストテレスからクォークまで
『人物で語る物理入門』の著者
2005年出版。
著者は、米沢富美子慶應義塾大学名誉教授です。2019年に亡くなりました。
京都大学理学部物理学科卒業。ご専門は物性、固体物理学、アモルファス。女性で初めて日本物理学会の会長も務められたそうです。死後、日本物理学会米沢富美子記念賞が設立されました。
『人物で語る物理入門』はどんな人におすすめ?
・物理が好きで、教科書に載っているようなことの歴史的背景を知りたい人。
・物理や数式が嫌いで国語力で物理を勉強したい人。
『人物で語る物理入門』の感想、書評
この後、このブログでは、岩波新書の物理の歴史の本を何冊か紹介しますが、その中では1冊目におすすめしたい、わかりやすい本だと思います。やはり、おおむねの傾向として、理系男は、このようなわかりやすい本を書くような細やかな仕事は苦手で、女性の方が得意だ、ということはあると思います。世の中で、もっと、女性の理数の先生が尊重されると、特に、女子の理数教育は発展するのではないかと思います。
本書では、物理を数式をほとんど使わずに、人物を通して、わかりやすく語っています。
『人物で語る物理入門』の第1章は古代ギリシャが出てきます。当時の、たとえば、アリストテレスの自然学は、
「物体が落下するのは、地球の引力に引かれるためではなく、地球こそが物体の安住の地だからそれに向けて落下する」
といった、ニュートン以降の人からすると、考えられない、いい加減なものですね。一方で、浮力に関するアルキメデスの原理のような、現在、教科書で習うような発見もなされていたのは、面白いですね。本書でも、アルキメデスを
「実験と理論をともに重視する実証的なアプローチを貫いた点で、古代ギリシャでは珍しい存在だったといえます。」
としています。アルキメデスはアルキメデスの原理の発見のみならず、偉大な存在だったのだなあ、と思いました。
『人物で語る物理入門』の第2章は、いよいよ、コペルニクス、ガリレイ、ケプラーが登場し、表題も「近代化学の夜明け」となっています。恐ろしいことに、先述のアリストテレス的な自然感が、近代初頭に至るまで、大きな影響を与え続け、確立された権威になり、他の考え方が否定され、科学の進歩を妨げたのだそうです。まあ、似たようなことは、現代の組織でも、起こっているような気がします。何か、凝り固まった先入観にとらわれて、または、既得権益ががんじがらめで、物事の健全な進行や発展が妨げられる。
ガリレイといえば、地動説ですが、本書では
「科学を哲学から分離し、自然現象の解明に数学を使う。そのとき数学は、具体的な現象を定量的に論じるための手段と位置づける。」
という実証的な科学の方法を最初に確立し、実践したのが、彼の最大の功績だとしています。古代ギリシャのアリストテレス的自然感の呪縛から世界を解放したということですね。
『人物で語る物理入門』のその後は、ニュートンから、クォーク、複雑系、21世紀の物理学に至るまで、近現代の物理学について語られています。
日本人初のノーベル賞受賞は湯川秀樹先生。2人目は朝永振一郎先生ですが、この2人は、中学校は同じ。高校と京大理学部では同級生。大学時代の研究室も同じで、卒業後も、お2人とも、その研究室に残ったそうです。お2人に、このような経歴がなかったら、はたしてノーベル賞はどうなっていたでしょうか。おそらく、切磋琢磨で高めあった、という面も大きかったのではないかと思いました。
『人物で語る物理入門』のあとがきによると、科学史、力学、光学、電磁気学、熱力学・統計力学、特殊相対論、一般相対論、原子核物理、素粒子物理、物性物理、と「物理学科の学生が4年間にわたって受ける授業を網羅している」そうです。(もちろん、この本を読んで大学のテストに通り、単位を取って卒業できるわけではありませんが…。)
物理が好きな人は、前提知識無しで読んでもいいでしょうし、学校で習っている分野を読んでもいいでしょう。物理学史の背景や、物理学者の取り組みを知れば、さらに物理が好きになるでしょう。
物理が嫌いな人も、数式がほとんど出てこないので、国語力で読むことができると思います。意味がわからなかったら、気にせずに飛ばし読みするといいでしょう。
『人物で語る物理入門』の目次
1.人類と科学との出会い
-アリストテレス、アルキメデス、プトレマイオス-
3.月とりんごを統一する法則
-アイザック・ニュートン-
4.光の本質を求めて
-クリスティアン・ホイヘンス-
ニュートンの権威によって1世紀にわたり中断した光の波動説
5.電気と磁気の謎を追う
-ジェームズ・C・マクスウェル-
アインシュタイン曰く「彼と共に一つの時代が終わり、彼と共に新しい時代が始まった」
6.エネルギーとエントロピー
-ルートヴィヒ・ボルツマン-
権威主義に苦しんだ原子論
7.「時空」への旅-特殊相対性理論-
-アルバート・アインシュタイン-
「空間」「時間」の「絶対」の否定により、思想、哲学、芸術、文学にも多大の影響を与える
8.空間がひずむ-一般相対性理論-
-アルバート・アインシュタイン-
ノーベル賞選考委員も理解できなかった相対論
9.「コペンハーゲン精神」の誕生
-ニールス・ボーア-
あらゆる権威を排し、新しい理想に挑戦
10.宇宙の果てを覗く
-エドウィン・ハッブル-
11.原子核物理学を築いた女性たち
-マリー・キュリーとリーゼ・マイトナー-
12.「原爆の父」の刻印を背負って
-ロバート・オッペンハイマー-
13.日本の物理学の揺籃期
-湯川秀樹と朝永振一郎-
ノーベル賞を受賞した日本人最初の2人は同じ中学で、高校、大学の同級生(湯川先生は飛び級)、研究室も同じだった!
14.情報化社会の開拓者
-ジョン・バーディーン-
人類の生活を大きく変えたトランジスタ
15.クォークから複雑系へ
-マレイ・ゲルマン-
クォークはデカルトに始まる要素還元主義の極み、複雑系はその対極で、構成要素を単純に総和しただけでは説明のつかない系(現代文でも近代批判としてか複雑系は出題されます)
さて、日本の学校で物理を学ぶとなると、数学を避けることはできないのではないでしょうか。
しかし、アメリカやイギリスでは、高校、大学教養レベルの物理で、物理を必要とする道に進まない人向けだと思いますが、ほとんど数式を使わないテキストも使われているようです。
Conceptual Physics(Peason)
もちろん、物理を必要とする道に進まない人にも、数学を使って物理を理解してほしいですが、世の中、そうもいかないでしょうから、ほとんど数式を使わない物理の理解という選択肢もあっていいのではないかと思います。