【感想・書評】数学入門(上)(下)(岩波新書、遠山啓):マイナス✕マイナス=プラスを考える

【感想・書評】数学入門(上)(下)(岩波新書、遠山啓):マイナス✕マイナス=プラスを考える

 

 

 

『数学入門』の著者と信頼性

 故遠山啓先生は、東京工業大学の名誉教授です。小・中・高の現場で数学教育を指導されていたそうです。他にも『数学の学び方・教え方』(岩波新書)といった啓蒙書や、『現代数学入門』(ちくま学芸文庫)といった大学レベルの本も執筆しています。
 東京工業大学名誉教授で現場で教育を指導していたので、著者の信頼性は絶大だと思います。

 

『数学入門』の感想、書評

 昨日紹介した『数学の学び方・教え方』の故遠山啓先生の著作です。数の数え方から、微積分までを解説しています。
 これも1959年という、とても古い本ですが、Amazonという現代的なサイトで☆がたくさんついていますね。
 特にマイナスの乗算、微分積分などについての理解を深めるのに非常に有用であると感じました。これらの概念はしばしば難解とされ、その理由となる根本的な規則や原理を理解するのは挑戦的なことです。しかし、このテキストはこれらの複雑な概念を一般の読者が理解しやすいように、歴史的な視点から丁寧に説明しています。

 さて(マイナス)×(マイナス)はなぜ(プラス)なのでしょうか。とてもむずかしい問題ですね。
 日常にそれらしい例を見つけることはできるかもしれませんが、たとえば『数学入門』では「トランプの得点を数えるというただ一つの手続きから、プラス、マイナスの計算規則をひき出したとしたら、それは狂気の沙汰であろう。」としています。
 ほんの400年前(この本の古さを考えると460年前?)にも、プラス、マイナスのかけ算の規則が議論の的になったそうです。
 当時、ローマの数学の教授だったクラヴィウス(1537-1612)は「プラス・マイナスのかけ算の規則を証明するのはやめたほうがよい。この規則の正しい理由を理解できないのは、人間の精神の無力によるというほかない。しかしこのかけ算の規則が正しいということに疑問の余地はない。なぜならそれは数多くの実例によって確かめられているからである。」と言ったそうです。
 たとえば、物理で習いますが、この後クーロン(1736-1806)によって、荷電粒子間に働く力についてクーロンの法則が発見されます。数学のプラス、マイナスのかけ算の規則が実にうまく定められていたため、電気のプラス、マイナスについても、一つの公式で書き表すことができた、とのことです。
 数学的規則は日常生活の経験から必ずしも導き出すことができるものではなく、その正しさは数多くの実例や応用によって確認されるという考え方は、数学の理解を深めるのに重要な視点であると思います。
 ちなみに、中1の教科書では、(マイナス)×(マイナス)が(プラス)になる理由を、かける数を2,1,0,-1,-2と減らしていき、規則性で説明していますね。

 『数学入門』の微分の章ではヨハン・ベルヌーイ(1667-1748)の「すべての曲線は、無限に小さな直線を無限個集めたものである。」という言葉を紹介しています。この「無限に小さな直線」を延長したものが接線ですね。(ただし、数学者はこの公式の当てはまらないような奇妙な曲線をいくらでも考え出したそうです。)微分の本質を直感的に理解するのに有効な手がかりを提供します。

 『数学入門』の積分の章では、円錐の体積が、同じ底面と高さを持つ円柱の3分の1であることを、円錐を底面と平行に無限に細かく分割し、微小な高さを持つ円柱の和と考えることにより、求めています。(高校数学の「数列」で、自然数の2乗の和の公式を習うと、まあ、理解できると思います。)
 実は、無限に細かく分割したものを足しあわせるのが「積分」なのですが、このような意味での「積分」は、古代ギリシャからありました。多くの日本人にとって、永遠の謎である「円錐の体積が、同じ底面と高さを持つ円柱の3分の1である」ことは、古代ギリシャの人は知っていたということですね。多くの人が疑問に思っていて、「数列」を習えば、まあ理解できるのだから(極限も使いますが)、高校の数学の先生は、この話をすればいいのではないでしょうか。そんなに時間もかからないでしょうし。

ニュートンライプニッツ微分積分学創始者と見なすのは、彼らがはじめて、微分不定積分が逆の演算であることを発見したからである。」

 つまり、無限に細かく分割して足しあわせる、という面倒なことをしなくても、微分という、比較的簡単な演算の逆演算で積分をすることができる、ということですね。
 これは、微分積分学の本質を理解するのに鍵となる洞察を提供します。
 日本の検定教科書では、積分の最初に、微分の逆演算である、と説明してしまうので、数学史の流れや、微積分が逆演算であることのありがたさが伝わりにくいですね。日本の教科書の教え方にもメリットがあるので、そうしているのだと思います。一方、高校では、あまりにも、微積分が逆演算であることを発見した世界史上の意義が語られることが少なく、また、微積分が近代文明の基礎をなしていることも語られることが少なく、高校生が数学に興味をもつことを妨げているように思います。
 塾長は、学校でも微分を習った生徒に、「微分はどんな意味を持つの?」と聞くと、数学ができない生徒は、「わかりません」と言うか「次数を下げる」などとトンチンカンなことを答えることが多いです。数学教育は、ごくごく基本的なところで、なにか間違っている気がします。

 

 『数学入門』を読むことで、数学の基本的な概念とそれらがどのように実世界に適用されるかについての理解が深まりました。数学の複雑さとその美しさが同時に描かれているこのテキストは、数学について学ぶすべての人々にとって価値のあるリソースであると思います。

 また、『数学入門』は数学の歴史的背景を巧みに織り交ぜており、私たちが今日用いているこれらの概念がどのように発展してきたのかを理解するための重要な視点を提供しています。古代ギリシャ積分の概念から、ニュートンライプニッツ微分積分学の革新まで、数学の歴史はその発展と深化を通じて我々の理解を豊かにし、その結果、数学がどのように実世界に応用されるかを明らかにしています。

 さらに、『数学入門』は数学的な規則や原理が実世界の現象にどのように適用されるかの豊富な例を提供しています。たとえば、クーロンの法則の発見や円錐の体積の計算など、これらの例は数学的な理論が現実世界にどのように影響を及ぼすかを示しています。

 全体として、『数学入門』は数学の奥深さとその美しさを見事に捉えています。それは数学が単なる抽象的な概念ではなく、我々の日常生活、自然現象、さらには人類の知識全体に深く結びついていることを示しています。私自身もこのテキストから新たな洞察を得ることができ、数学に対する愛着と尊敬の念を深めることができました。

 

『数学入門』の目次

1.数の幼年期
2.分離量と連続量
3.数の反意語
4.代数-ずるい算数
5.図形の科学
6.円の世界
7.複素数-最後の楽章
8.数の魔術と科学
9.変化の言語-関数
10.無限の算術-極限
11.伸縮と回転
12.分析の方法-微分
13.総合の方法-積分
14.微視の世界-微分方程式

 

『数学入門』の出版社の実績と信頼性

 『世界史概観』の出版社は岩波書店です。国内外の古典的著作を収めた「岩波文庫」、書き下ろし作品による一般啓蒙書を収めた「岩波新書」などで有名です。『広辞苑』も岩波書店が出版しています。
 出版社の岩波書店の実績と信頼性は抜群と言えます。