【感想・書評】天才! 成功する人々の法則(講談社)

天才! 成功する人々の法則(講談社

 

 

『天才! 成功する人々の法則』の感想・書評

 2009年5月12日第1刷。
 原題は『OUTLIERS THE STORY OF SUCCESS』です。

 OUTLIERS。外れ値。つまり、飛び抜けた人々、ということですね。どんな人が世界的な業績を上げるのか。その人の内部要因だけでなく、外部要因、環境に大きく注目しています。
 巻末には、ある程度、参考文献が引用されており、全くの筆者の独りよがりというわけではなく、ある程度、客観性が保たれた、まずまずまともな本だと思います。

 著者はマルコム・グラッドウェルという方です。『ワシントン・ポスト』紙のビジネス、サイエンス担当記者や、雑誌『ニューヨーカー』のライターなどの経歴を持つ人です。他の著書に
・第1感~「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい~ (光文社未来ライブラリー) 

・急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則 (SB文庫)
があります。

 翻訳は、元公認会計士、経済評論家、ライフハッカー中央大学大学院戦略経営研究科客員教授などで有名な勝間和代さんです。あとがきの解説で「翻訳に手を挙げさせていただいた」とおっしゃっています。勝間さんは著書に
・無理なく続けられる年収10倍アップ勉強法(ディスカヴァー)
お金は銀行に預けるな 金融リテラシーの基本と実践(光文社新書
・ 起きていることはすべて正しい 運を戦略的につかむ勝間式4つの技術(ダイヤモンド社
・不幸になる生き方 (集英社新書
・まじめの罠 (光文社新書
・高学歴でも失敗する人、学歴なしでも成功する人(小学館101新書) 
などがあります。

 

天才が生まれる条件は?

 『天才! 成功する人々の法則』では、アイスホッケーやサッカーの選手は、同学年の中で早い月に生まれた人が多いことが論じられます。子供の頃の数ヶ月の生まれの差は、身体の成長への影響が大きい。したがって、早く生まれた人が選抜され、よりよい指導を受け、より多く実戦を積む、ということになりがちである、と。

 学習についても、同じことが起きているかもしれません。小学生あたりだと、4月生まれと3月生まれでは、ほぼ1年間、生まれに違いがあり、脳の発達度への影響は大きいかもしれません。
 そして、普通の公立小学校では、選抜制度などはないので、先述のアイスホッケーやサッカーの議論が当てはまるかはわかりません。一方、大学の研究では、「成功」との相関係数は、「自己効力感(自信)のほうが、技術的なものより大きいことが明らかになっています。初期の頃、ちょっとよくできたことが、自信につながり、自身が成功を呼び、さらに、成功が自己効力感につながるといった、生のスパイラルがうまれるかもしれません。逆に、初期に、ちょっと理解できないことがあり、自信を失い、テストでの失敗につながり、さらに、失敗が自信喪失につながる、という負のスパイラルにつながる、といったことも起きているかもしれません。
 負のスパイラルにハマっている人は、一刻も早く、自分ができていないところまで戻って、説明を理解して、問題を解けるようにし、ひたすら復習して克服し、テストで徐々に良い点を取り、自信を回復することが大切だと思います。

 

一万時間の法則?と成功する人々

 『天才! 成功する人々の法則』には、ちょっと有名になった「一万時間の法則」という話が出てきます。ビートルズビル・ゲイツも、一万時間のトレーニングを積んだ。
 ただし、著者は、ここで、『超一流になるのは才能か努力か?』(文藝春秋の著者、フロリダ州立大学心理学部教授のアンダース・エリクソンの調査を引用しているのですが、アンダース・エリクソン教授自身が、「一万時間の法則」は安直だ、と訂正を求めているようです。

 

 

 話を簡単にすると、アンダース・エリクソン教授の著書にあるように、「現在の自分より少し上のレベルのトレーニング」(日本語訳では「限界的練習」としています)を一万時間前後続けることが、超一流になるための必要条件、といったところでしょうか。
 ただし、プログラミングにしろ、楽器にしろ、一律に何時間、というわけではなく、上達が早い人と遅い人がいるのだと思います。
それ自体を「才能」と呼ぶのではなく、興味や情熱を持って取り組んだ結果、その人にとってそれが「生存に不可欠な営み」だと脳が判断したからこそ、脳に神経回路が早く強固に形成されるのではないか、と考えます。

 

生まれた年と成功する人々

 ビル・ゲイツスティーブ・ジョブズは1955年生まれ、その他、シリコンバレーの大物が1955年前後の生まれが多いことが論じられます。パソコン革命にとって最も重要な1975年に20歳前後である必要があったと。

 

就職した後の話

 『天才! 成功する人々の法則』では、IQが195で大学から奨学金を全額支給されていたのに、酒場の用心棒が主な職業だった人が登場します。
 彼の義父は、浴びるほど酒を飲み、子供に暴力を振るったそうです。そして、母親が奨学金の書類を郵送しなかったため、奨学金が途絶え、成績優秀だったにもかかわらず大学を中退した。このような家庭環境で、他人の助けを得る、世の中を上手く渡っていくことを学ばなかった場合、IQが高くても成功しない、という心理学者による調査が紹介されています。

 また、アメリカのノーベル賞受賞者の出身大学にかなりばらつきがあることから(ただし、大学の世界ランキングなどからして、日本で言う、東大、京大あたりに入ることは必要そう)、研究者として大成するためには、ある程度のIQは必要だが、それ以上のIQはあまり関係ない。
 それよりも、たとえば、「レンガの使い道を思いつく限り書き出す」といったテストでユニークな答をできる(たとえば、ドアストッパー)ことが創造性において大切だろう、と考察しています。(レンガの使いみちテストについては学術的な根拠は本書には見当たりません。)

 大学受験はペーパーテストの点数、つまり、IQが高ければ成功します。一方、世の中を見ればわかりますが、東大卒が、他大卒よりも必ずしも出世するかというと、決してそうではありません。東大医学部卒からはノーベル賞受賞者が出ていない、などとも言われます。その原因は、このあたりにありそうですね。

 

うまくいかない人達

 『天才! 成功する人々の法則』では、権力格差の大きい文化、つまり、副操縦士(部下)が機長(上司)に率直に発言をしにくいような文化で、航空機事故は多く起こると考察されています。墜落の危機にあるのに、副操縦士が婉曲的な表現をするから、機長に伝わらない。
 たとえば、塾の先生と保護者の方々も似たような関係性なのではないでしょうか。塾の先生は、成績が上がらない原因をわかっていることも多いでしょう。それが、家庭のあり方にある場合、たとえば、初めて面談に来た時に、保護者の方に、この旨を伝えても、信頼関係もできていないので、聞く耳を持ってもらえず、「何だこの塾は!」と怒って、次の塾を探すだけでしょう。では、最初は何も言わず、徐々に、婉曲的にそれとなく伝えようと思っても、このようなご家庭は、自覚がないので、自分の家庭がダメなことに気づかないでしょう。そして、いよいよ成績が上がらないので、塾としては直接的な表現を使うわけですが、このような家庭の保護者は、空虚な自尊心をお持ちのことが多く、激怒するのだと思います。いかんともし難いですね。
 塾の先生は、決して、偉そうにしたいわけではないでしょう。ただ、このような場合、実際に教育がうまく行っていないのだから、謙虚な姿勢で、自分のほうが塾の先生より下なんだ、という姿勢であればいいのになあ、と思います。