【感想・書評】数学の学び方・教え方(岩波新書、遠山啓):かけ算、わり算の意味、わかってる?

【感想・書評】数学の学び方・教え方(岩波新書、遠山啓):かけ算、わり算の意味、わかってる?

 

 

『数学の学び方・教え方』の著者と信頼性

 故遠山啓先生は、東京工業大学の名誉教授です。小・中・高の現場で数学教育を指導されていたそうです。 
 この本は1972年の本ですし、遠山啓先生は1979年に亡くなっていますが、この本はAmazonという現代的なサイトで☆がたくさんついていますね。
 東京工業大学名誉教授で現場で教育を指導していたので、著者の信頼性は絶大だと思います。

 

 

『数学の学び方・教え方』の書評、感想

 

 驚くべき視点から数学を理解するための新たな道が開かれたと感じました。このテキストは、「量」や「順序」、「分離量」や「連続量」、さらに「外延量」や「内包量」など、日常的に使われる概念を独特の視点で探求し、深遠な理解へと導いてくれます。

 

「量」と「順序」

 小学1年生には、1、2、3、…と教えればいいのかな、と思いますが、そこから疑問を呈しています。

 まず、「量」が大切だ、と主張されています。
 英語では、量を表すone,two,three,…と順序をあらわすfirst,second,third,…を、たしかに、明確に区別していますね。フランス語やドイツ語もそうです。
 一方で、日本語は、量も順序も、1、2、3、…と数えます。
 言語と数学の接点について考察されているのが印象的でした。言語によって数の表現が異なること、特に英語と日本語の違いが示されることで、言語の持つ特性が数学的概念へとどのように影響するのかを示しています。これは数学の普遍性と言語の特異性という二つの視点を巧みに結びつけるとても洞察力に富んだ分析だと感じました。

 

「分離量」と「連続量」

 量は、「分離量」と「連続量」に分けられます。
 分離量は、「いくつ」、英語で「How many」という数で、その中の「1」がこれ以上分けられないものです。たとえば、部屋の中の人が何人か、という量です。
 連続量は、「いくら」、英語で「How much」という数で、たとえば、「1リットル」を決めても、その1リットルはいくらでも細かく分けることができます。
 分離量は1、2、3…と整数になりますが、連続量は整数では間に合わず、小数や分数、無理数が必要になります。
 『数学の学び方・教え方』では、上記のように、英語は「many 」と「much」を区別していますが、算数教育でも、分離量と連続量を区別しないと、子どもが混同するおそれがある、としています。
 この部分は、我々が数を理解する際の新たな視点を提供してくれます。これにより、算数教育における子どもが混同する可能性のある概念を明確にする重要な示唆を提供しています。

 

「外延量」と「内包量」

 『数学の学び方・教え方』では、次に、連続量を「外延量」と「内包量」に分けています。
 外延量は、外に延びる、大きさや広がりを表す、見かけでわかる、わかりやすい量です。体積、長さ、ものの値段などです。
 内包量は、内に包んでいる、見かけは小さいが中身はいい、といったものです。速度、密度、濃度、利率、などです。

 外延量は、ものを2つ合わせたとき、量がたし算になります。2リットルの水と3リットルの水を合わせると5リットルになります。
 それに対し、内包量、たとえば温度は、20℃の水と30℃の水を合わせても50℃の水にはなりません。内包量は、かけ算、わり算とつながる量です。

 典型的な内包量として密度を考えましょう。
 4両の電車に800人が乗っていたら、その混み具合は1両あたりの人数で表されます。
800÷4=200
つまり、(中身の量)÷(入れ物の広さ)=(1あたりの量)。
この式をいじると
(1あたりの量)×(入れ物の広さ)=(中身の量)。
 ここでかけ算の意味を考えましょう。普通の人は、たし算のくり返しと考えているのではないでしょうか。
 しかし、上記のように、
(1あたりの量)×(入れ物の広さ)=(中身の量)
と考えてみましょう。たとえば、ウサギは1匹あたり耳を2つ持っている、3匹分の耳はいくつですか、で2×3と考えます。

 このように考えると、内包量について、かけ算とわり算を逆演算と考えることができます。
 実際に、現在の小学校2年生、3年生の算数の教科書では、やや表現は違いますが。かけ算、わり算において
・1単位あたりの数
・何単位分
・全体の数
というが概念を教えようとしています。

 この部分は、我々が数学的概念を理解し、日常的に使う際の深層を描き出しています。外延量が見かけで分かる量である一方、内包量が見かけ以上の深い意味を持つ量であるという視点は、数学的な理解を深めるための新たな道を開くものと感じました。

 

 『数学の学び方・教え方』を読むことで、数学は単に数字や計算だけでなく、私たちの日常生活や言語、思考のパターンに深く結びついていることを再認識しました。また、教育の現場における数学の教え方、学び方についても多くの洞察を得ることができました。このテキストは、数学の理解を深め、教育の方法を考えるための素晴らしい資源であると感じます。

 

塾長の私見:かけ算、わり算の意味、わかってる?

 この段落は『数学の学び方・教え方』には出てこない話で、塾長の私見です。
 高校化学の計算問題、早ければ「モル」あたりからわからなくなってしまう人は、東大に何十人も入る高校でもたくさんいます。そのような人は、高校化学の前に、上記のような、かけ算、わり算の意味を理解していないのではないでしょうか。
 上記のように、小学校の教科書では、かけ算、わり算は、ちゃんと
(1単位あたりの数)×(何単位分)=(全体の数)
(全体の数)÷(何単位分)=(1単位あたりの数)
(全体の数)÷(1単位あたりの数)=(何単位分)
と習います。
 高校化学では、「モル」が大切で、「モル」を求めるために、アボガドロ数や分子量や22.4リットルで割ることが多いです。アボガドロ数は「1モルあたりの粒子数」ですし、分子量は「1モルあたりの質量」ですし、22.4リットルは標準状態の気体「1モルあたりの体積」です。
 たしかに、かけ算をたし算のくり返しと考えるのではなく、早くから「1あたり」という考え方を導入し、かけ算とわり算を内包量における逆演算と考えることにより、このあたりは、かなり理解しやすくなるような気がします。
 しかし、小学校で、教えるほうが悪いのか、教わるほうが悪いのか、高校化学あたりの段階で、かけ算、わり算を上記のように捉えられている人は、かなり少ないように思います。
 それどころか、中学受験経験者は、このあたりのわり算は、さんざん塾で扱ったはずですが、高校で化学を教えてみると、やはり、公式の丸覚えで、割り算の意味から理解しているわけではない、という場合が多いです。
 ちゃんと、小学校で教科書を開いて授業をして、また、中学受験塾でも、しっかりとわり算の持つ意味を教え続け、計算ドリルのみならず、かけ算、わり算の持つ意味を強調し続ければ、世の中に、こんなに理科の計算問題が苦手な人がいる状況は、変えられるのではないでしょうか。

 

『数学の学び方・教え方』の出版社の実績と信頼性

 『数学の学び方・教え方』の出版社は岩波書店です。国内外の古典的著作を収めた「岩波文庫」、書き下ろし作品による一般啓蒙書を収めた「岩波新書」などで有名です。『広辞苑』も岩波書店が出版しています。
 出版社の岩波書店の実績と信頼性は抜群と言えます。