【感想・書評】日本人の英語(岩波新書、マーク・ピーターセン):ネイティヴ感覚で英語を学ぶ
【感想・書評】日本人の英語(岩波新書、マーク・ピーターセン):ネイティヴ感覚で英語を学ぶ
1988年4月20日第1刷。
『日本人の英語』の著者の信頼性と実績
マーク・ピーターセン先生は明治大学政経学部名誉教授です。コロラド大学で英米文学を、ワシントン大学大学院で日本近代文学を専攻。フルブライト留学生として来日し、東京工業大学で「正宗白鳥」を研究されたそうです。
英語と日本語の比較研究を続け、日本人の書いた英文を永年にわたって審査、添削されてきたネイティヴの先生が書かれた本という意味で貴重でしょう。
他の著書に
・続日本人の英語(岩波新書)
・表現のための実践ロイヤル英文法(旺文社)
などがあります。
著者の実績と信頼性は抜群と言えます。
『日本人の英語』の感想・書評
『日本人の英語』を読んでほしい人
・高校英文法をだいたい理解した、余裕のある高校生。
・大学生以上。
・英語の先生。
マーク・ピーターセン先生と「日本人の英語」の出会い
マーク・ピーターセン先生が、いわゆる「日本人の英語」と初めて出会ったのは、8際の頃、メイド・イン・ジャパンのラジオの取扱説明書の英文だったそうです。いわゆる、日本語を英語に逐語訳した、ネイティヴからしたら、奇妙な文だったそうです。そして、この本が書かれた1988年当時でも、日本人の科学者が書く、研究発表の英文でさえ、「彼女は地下鉄を渋谷に乗りました」程度のレベルだとのことです。
本書では、
英文の内在する論理がいかに構造的に支えられているか、英語のいろいろな構成がそのような意味をどのように表しているかを考え、英語と日本語の構成と論理の違いからくる日本人の冒しやすい間違いを例として吟味する。
としています。よくわからないですね。
冠詞と数
『日本人の英語』では、冠詞、単数複数という日本人が苦手そうな文法に、全20章中の第2~6章が割かれています。この本の一番の読みどころも、この部分だと思います。
まず、the United States of America に the がつくのに、Japan に the がつかないのは、the United States of America には states と普通名詞があるからである、と日本の文法書にはあまり書いていないことが書かれています。
また、「不定冠詞 a は名詞につくアクセサリーではなく、逆に名詞の意味は不定冠詞 a につけられたことにより決まる。」としています。まあ、たしかにネイティヴの人は、英文を左から右に読むわけであって、そうすると、先にaに意義がないとおかしいですよね。
伝えたいものが、1つの形の決まった、単位性を持つものならば、先に a が出てきて、そのあとに、名詞をつけることになる。伝えたいものが、単位性もない、何の決まった形もない、材料的なものならば(いわゆる不可算名詞)、冠詞を使わずに名詞を出す。
この可算なのか不可算なのかも、日本人にとっては難しい。しかし、本書では、上記のように、日本の英文法書にはあまり書かれていない、かなり単純明快な観点で説明しています。
冠詞が a なのか the なのかという問題も、日本人にとっては難しい。『日本人の英語』では、a は「あるグループの中の1つの過ぎない存在」、the は「ある唯一の、特定のアイデンティティーを持っている存在」としています。これも、日本の英文法書には、あまり書かれていない視点ですね。
このように、一見単純に見える冠詞の使い方。日本語には存在しないこの概念は、日本人学習者にとって大きなつまずきポイントです。ピーターセン先生は、aやtheがそれぞれ何を意味するのか、そしてそれらがなぜ特定の文脈で使われるのかを解明していると思いました。
さて、informationという名詞は不可算名詞なので、不定冠詞もつかないし、複数にもならない、というのは、テストの文法問題で頻出です。本書では、このような名詞を純粋不可算名詞としています。日本では、まあ、覚えるということになっていますね。
伊藤和夫先生の名著『ビジュアル英文解釈』の51課には、a piece of machinery という表現が出てきます。日本では、まあ、「機械類」という不可算名詞だから、a piece of という数え方をする、と習うのだと思います。
『日本人の英語』でも、ここで machinery という純粋不可算名詞を議題にしています。machine は純粋可算名詞で、無冠詞単数で使うことはできません。一方、「機械」の範囲が明確でない場合、不可算名詞が必要になります。本書では、そこで、machine という単語の「可算性の純粋さを汚さないために」 machinery という、もっと漠然とした意味の言葉ができている、としています。
これも、日本の文法書では、あまり見ない視点ですね。英語の微妙なニュアンスを理解するための有用な知識を提供していると思いました。
前置詞
受動態だからといって、前置詞がすべて by になるわけではない、というのは、中学生も習います。本書では、「by は動作主を導き、withは動作主が(普通意識的に使う)道具を示す」としています。日本の英文法でも、「道具の with」とは、よく書いてあります。一方で、by については、日本の文法書では、あまり見ない視点だなあ、と思いました。
inは「~の中に入っている」、onは「~の表面に」といったことは、日本の文法書にも、図解とともに、解説されていることが多いです。一方、In the evening に対して、 on the evening of July 15と、特定の日にちの夕方については on を使うとは、日本の文法書にも一応載っており、文法問題で出ると難しいですが、日本では、あまり説明がされません。本書では、これも同じことで、the evening of July 15 は「間」というより「時点」という意識が強いので、onを使う、としています。なるほどなあ、と思いました。
get in the car と get on the train の違いについては、日本では、やはり丸暗記しろ、ということだと思います。一方、『日本人の英語』では、in は、運転と自分との間に、つながりがいくらか感じられる、on は、貨物のようにただ運ばれる、という運転と乗る人の意識の上での距離の問題だとしています。
時制
完了形をめぐる、様々な形について解説されています。
このあたりは、日本の文法書にも、本書とほとんど遜色のない解説がされています。
『日本人の英語』の読みどころとしては、たとえば、My younger sister has studied English for two years. と My younger sister has been studying English for two years. と、どちらにするか、迷うことがあります。本書では、「行動のより鮮明な描写のほしいときには、進行形をつかえばよい」としています。
近年、一般アメリカ人の時制の使い方が崩れてきた、とのことです。日本の文法書にも、影響や結果が現在に至るまで続いている状態は、現在完了形で表す、と説明されていることが多いです。しかし、アメリカ人でも、そのような場合でも、過去形を使ってしまうケースが増えているとのことです。
関係詞
このあたりは、内容自体が、高校英文法で扱うようなことが、あまり載っていません。たとえば、マーク・ピーターセン先生が、添削の仕事をしていた時に、文章を、「よりアダルト」にするために、関係詞を使う、といった、かなりレベルの高い話になっています。
大学受験の英作文では、表現が幼稚でも、文法的に間違いがなければ、減点はされないはずなので、本書の関係詞の部分は、非常にレベルの高い話だと思います。ビジネスや学術論文で英語を使う人向けの話だと思います。
受動態
『日本人の英語』では、「客観的である自然科学の論文では、著者があらわに姿をあらわすことは好ましくない。I は絶対に使うな。(中略)いちばん安全なのは受身のかたちに徹することだ。」という、1意見から始まります。一方で、マーク・ピーターセンは、受身によって、著者が自分が書いたことに対しての責任を回避しようとしている印象を与えるケースがよくある、としています。
このあたりも、大学受験の英作文を超えたレベルの話だと思います。大学受験では、書きやすい表現で書けばいいと思います。日本文が受身でも、人を主語にして能動態で書いたほうが書きやすい、と言われることもあります。
副詞、接続詞
このあたりも、高校英文法を超え、ビジネスや学術論文レベルで、ネイティヴから見て、より自然な英文になるよう、マーク・ピーターセン先生が添削しているような内容です。読んでいて、なるほどなあ、と思うことは多いですが、大学受験の点数が増えるかというと、そうではないと思います。
『日本人の英語』の感想
誤解と混乱、それが英語学習における日本人の最大の難題です。私たちは、日本語の枠組みを英語に持ち込んでしまうことで、英語を難しくしてしまうのです。マーク・ピーターセン著の『日本人の英語』は、この問題を真剣に取り組むための一冊と言えます。英語という言語の持つ複雑さと日本人が直面する固有の問題を鋭く見つめ、英語学習者にとって非常に有益な洞察を提供していると思います。
この本は、英語の構文、語法、単語選びの混乱に悩む日本人学習者に向けて書かれています。作者の視点は、日本人が英語を学ぶ際のハードルを熟知したうえで、日本語と英語の構造や論理の違いについて掘り下げていると思います。
『日本人の英語』の魅力は、英語の本質的な構造を解明することで、間違いを防ぐための具体的な指導を与えるところにあります。英語の複雑な側面、例えば前置詞の使い方や時制、関係詞、受動態、副詞、接続詞などについて詳細に分析します。そして、英語のネイティブスピーカーと非ネイティブスピーカーの間で混乱を生むことを明確に示します。また、表現の適切な使用方法とその背後にある意味を解説していると思います。
この本は、英語をネイティヴレベルで使いこなすために必要な知識を提供してくれます。これには、関係詞の使い方やビジネスや学術論文レベルでの副詞や接続詞の使用に関する洞察が含まれます。自分の英語力をさらなるレベルへと引き上げたいと願う全ての日本人学習者にとって、価値ある一冊でしょう。
また、この本は英語教育者にとっても、教材として役立つでしょう。日本人の英語学習者が直面する固有の問題についての洞察を提供することで、より効果的な教え方を模索する手助けをしてくれます。
最後に、ピーターセン先生の『日本人の英語』は、英語を単なる言葉の集まりとしてではなく、その文化的背景や語法の理解を深める一助となる一冊です。言葉はその土地の文化や思考を反映するものです。そのため、英語をマスターするためには、言葉の背後にある文化や思考パターンを理解することが不可欠であり、その視点からもこの本は非常に価値のあるものとなっています。
本書を読むことで、英語学習者は自分の英語の間違いや誤解を見つけ、それらを修正するための具体的な方法を学ぶことができます。また、英語を教える立場の人にとっては、学習者が直面する問題を理解し、より良い教え方を見つけるための一助となるでしょう。
総じて、『日本人の英語』は英語学習に新たな視点を提供する一冊です。日本語と英語の構造的な違いを理解し、それを英語学習に活かすことで、英語の誤解を解消し、コミュニケーション能力を高めることができるでしょう。また、言語学習に真剣なすべての人々にとって、洞察に富んだガイドブックとなるでしょう。それは英語を学ぶ日本人の旅の中で遭遇する困難と成功を深く理解するための一冊であり、その旅をよりスムーズで有益なものにするための道しるべとなるでしょう。
前半の冠詞、単数、複数、可算、不可算、前置詞あたりは、高校英文法をおおむねマスターした高校生なら読んでもいいのかな、と思います。ただ、大学受験を考えると、それほど点数が大きくない所なので、積極的に勧められるかというと、難しいところかな、と思います。一方で、英語の指導者は、授業をしなければならない分野であり、日本の文法書には書かれていないが、本書で解説されているようなことを授業で触れると、生徒にはプラスになると思います。
1988年第1刷ながら、2022年現在の日本の文法書にもあまり書かれていない、ネイティヴ感覚の視点が得られるという意味では、非常に貴重な本だと思います。
中終盤はかなりレベルが高く、ほぼ、大学受験の点数が増えることもないので、大学生以上が対象かな、と思います。
『日本人の英語』は東大・医学部受験におすすめ?
この本を読んでも、東大・医学部受験で点が増えるということは、あまりないかと思います。成績が足りていない人は、定番の受験参考書をマスターすることが優先だと思います。
ただし、英語が好きな人は、より、英語学習のモチベーションが上がるかと思います。
『日本人の英語』の出版社の実績と信頼性
『日本人の英語』の出版社は岩波書店です。国内外の古典的著作を収めた「岩波文庫」、書き下ろし作品による一般啓蒙書を収めた「岩波新書」などで有名です。『広辞苑』も岩波書店が出版しています。
出版社の岩波書店の実績と信頼性は抜群と言えます。
『日本人の英語』の目次
1.メイド・イン・ジャパン
はじめに
2.鶏を一羽食べてしまった
不定冠詞
3.あの人ってだれ?
定冠詞
4.間違いの喜劇
単数と複数
5.思いやりがなさすぎる
純粋不可算名詞
6.文脈がすべて
冠詞と複数
7.慣用の思し召し
さまざまな前置詞
8.意識の上での距離
onとin
9.「かつら」と「かもじ」
offとout
10.明治な大学
名詞+of+名詞
11.もっと英語らしく
動詞+副詞
12.点と線
完了形と進行形
13.泣きつづける彼女
未来形
14.去年受賞したノーベル賞
関係詞の二つの用法
15.アダルトな表現をめざして
先行詞と関係節
16.慎重とひねくれ
受動態と能動態
17.知識から応用へ
副詞
18.したがってそれに応じる
副詞と論理構造
19.「だから」と「だからさ」の間
接続詞
20.自然な流れを大切に
おわりに