【感想・書評】化学の歴史(ちくま学芸文庫、アイザック・アシモフ):高校化学を理解する背景知識

【感想・書評】化学の歴史(ちくま学芸文庫アイザック・アシモフ):高校化学を理解する背景知識

 

 

『化学の歴史』はどんな人におすすめ?

・高校の化学の教科書を理解して、その歴史的背景を知りたい人
・化学が大好きな人

 

『化学の歴史』の感想、書評

 アイザック・アシモフ(1920-1992)さんは、SF作家の巨匠であり、ボストン大学の生化学の教授でした。

 人類が火や金属を使用し始めた頃から、核融合核分裂(高校では物理で習う)まで、化学の歴史を語っています。科学としての化学の発展を概観する優れた書です。多作な科学作家であるアシモフは、物質の研究が古代から現代に至るまで、どのように進化してきたかを明確かつ簡潔に説明しています。高校の化学の教科書を理解して、その歴史的背景を知りたい、という読み方がいいのではないかと思います。受験の点数は、あまり増えないかな、と思います。

 古代、落雷で森か火事になると、後に残る粉状の黒い灰はもとの木とは似ても似つかぬものになっていた。肉が腐ると嫌な臭いを出すこともあった。果汁を放置しておくと、酸っぱくなったり、飲むと妙にウキウキする(つまり酒でしょう)ようにもなった。このあたりから、人類と化学との関係を書き始めています。

 人類の金属の使用に関しては「金属製武器を持たぬ軍隊は、青銅で武装した戦士たちには到底太刀打ちできなかった。」また、「鋼鉄のよろいをつけ、鋼鉄の武器で武装した軍隊が、青銅のよろいと武器で武装した他の軍隊を打ち負かすのは当然のことであった。」と述べられます。世界史でいう、青銅器時代から鉄器時代へ、ということですね。
 『化学の歴史』の最後は、原子爆弾水素爆弾について語られます。
 本書の大テーマというわけではないと思いますが、昔も今も、科学力が国力に直結することは変わらないのだなあ、と思いました。

 紀元300-1100年の間「ヨーロッパの化学の歴史は、文字通り空白である」。紀元650年以後、「錬金術の保存と発展はもっぱらアラビア人によってなされ」ました。酢酸は、高校では弱酸だと習いますが、当時の世界では、酢を蒸留して得た酢酸が、最も強い酸だったそうです。歴史を感じますね。アルカリ、アルコールなどのalという接頭辞はアラビア語のtheにあたります。このalを取り除いたのは、ボイルの法則で有名なボイル(1627-91)だそうです。

 中世イギリスでは、錬金術を禁止する法律があったそうです。先述のように、ボイルの法則を打ち立てたボイルは、1689年に、この法律の廃止をイギリス政府に主張したそうです(笑)。かのニュートンは、物理学においては、ご存知のように、運動の法則や万有引力の法則、微積分など、定量的測定に大きく貢献しました。一方、化学においては、ニュートン自身も錬金術に熱中し、ニュートンから1世紀経っても、単なる定性的(数値化できない、性質に着目する)記述から、注意深い定量的測定への変化が起こらなかった、というのは面白いですね。

 シェーレ(1742-86)という化学者は、クエン酸、安息香酸、シュウ酸、乳酸など、高校化学の教科書に出てくる多くの酸を発見しました。本書では、彼が若くして世を去ったのは「彼が研究し、いつも味を試していた化学薬品に冒された結果であったと想像される。」としています。クエン酸は、疲労回復にいいとされていますが、その他の酸は、毒だと思われるものもあります。化学への愛が故に、寿命を縮めたというのは、ドラマチックですね。

 「炭化プラスティックの一種(テフロン)は1960年代になって、フライパンの内側に膜をはるために用いられた。これ以後、フライパンに油をひく必要はなくなった。」としています。現代の生活にも、非常に密接した記述ですね。人類が日を使い始めた頃から、フライパンに油をひかなくて済むまでを書いているのが本書です。

 さて、電子、陽子、中性子放射線の発見、核反応などは、日本の高校の教科書では物理に分類されます。本書『化学の歴史』の最後のほうはこのような話題です。
 『化学の歴史』では、電子の発見の前の章は無機化学、リンのマッチ、合金、アルミニウムなどについて語っています。その章の最後は「現代生活には不可欠のものではあるけれども、20世紀科学の最も重要な流れからははずれている。純粋科学者たちは原子の表面の下を調べていた。ここに何が見出されたかを見るために、われわれはこの本の残りの部分では、化学の歴史の本流にもどることにしよう。」と結んでいます。そういえば、プルースト、ドルトン、アヴォガドロなどによる〇〇の法則で語られる原子論は化学の教科書に出てきますよね。

 本書の強みの一つは、複雑な科学的概念をわかりやすく伝えるアシモフの筆力だと思います。彼は様々な理論や発見を理解しやすい章に分け、次から次へと論理的な流れで説明しています。その結果、本書は魅力的で有益なものとなり、このテーマに興味を持つすべての人に確かな基礎を提供していると思います。

 また、本書の特筆すべき点は、その歴史的背景です。アシモフは、中世の錬金術師の活動や17世紀の科学革命など、化学の発展を形作った重要人物や出来事を取り上げています。また、有機化学無機化学、物理化学など、化学のさまざまな分野についても触れ、それらが時代とともにどのように発展してきたかを説明しています。

 全体として、『化学の歴史』は化学の入門書として優れており、学生や教育者、あるいは科学史に興味のある人にとって貴重な資料となることでしょう。アシモフの魅力的な文体と、複雑な概念をわかりやすい言葉に置き換える筆力により、本書は楽しくてためになる一冊となっています。

 私達は、化学の知識を、確立されたものとして、教科書で習います。また、理科のテストは正解が1つに決まっている、などと言われます。しかし、歴史の上では、現在、教科書に載っていることも、まだ解明されておらず、A説、B説といった論争があり、なんらかの実験により、どちらが正しいかが解明されたわけです。化学のみならず物理学も、教科書を読むときは、そのような観点を持ちたい、と思いました。

 

『化学の歴史』の目次

1.古代

2.錬金術

3.転換期

4.気体

5.原子

6.有機化学

7.分子構造

8.周期表

9.物理化学

10.合成有機化学

11.無機化学

12.電子

13.核を持った原子

14.核反応