【感想・書評】脳科学は人格を変えられるか?(文春文庫):遺伝学と脳の変化

【感想・書評】脳科学は人格を変えられるか?(文春文庫):遺伝学と脳の変化

 

 

脳科学は人格を変えられるか?』の著者

 著者は、オックスフォード大学感情神経科学センター教授のエレーヌ・フォックス先生です。女性です。

 

脳科学は人格を変えられるか?』の内容

 単行本は2014年発売。2017年に文庫化されたようです。大学の研究に基づき、巻末に、引用した論文がたくさん載っている、ちゃんとした本です。本文の中でも多くの実験が引用されています。題名に「人格」とありますが、主に、悲観と楽観について、多くのページが割かれています。

 

悲観脳と楽観脳

 ポジティヴな人とネガティヴな人がいます。
 あまりにも楽観的だと、危険に対して危険を感じないので、最悪の場合、死んでしまう。したがって、ある程度の悲観は、生きるために必要です。しかし、悲観的すぎると、生きづらい。大学受験でも、ネガティヴすぎるがゆえに、うまくいかない人は、ある程度の割合でいるようです。
 本書では、ネガティヴなものに注目する脳の回路を「レイニーブレイン(悲観脳)」、ポジティヴなものに人を向かわせる脳の回路を「サニーブレイン(楽観脳)」と呼んでいます。

 

遺伝子のせい?

 人間のおおむねのことには、遺伝子が関係することは否定できないでしょう。本書でも、それは否定していません。一方、遺伝子ですべてが決まるわけではありません。本書では、悲観と楽観が生じる要因を
・遺伝子
・どんな出来事を経験するか
・世界をどのように解釈するか
の複雑な絡み合い、としています。

 本書では、遺伝子について解説するために、高校の生物の教科書のような説明もされています。1953年にワトソン、クリックがDNAの二重らせん構造を発見した話から、ヌクレオチドと呼ばれる4つの化学塩基の話。
 また、やはり内容は高校の生物の教科書に出てきますが、「エピジェネティクス」という話も出てきます。仮に、同じ遺伝子を持っていても、環境次第で、遺伝子がオンになったりオフになったりする。それは、RNAポリメラーゼ、メッセンジャーRNA、プロモーター、DNAのメチル化(遺伝子をオフにする)といった、やはり大学入試の生物で出題されそうなメカニズムによって行われます。
 したがって、大学受験なども、すべてを遺伝子のせいにして言い訳をするのは、建設的ではない考え方だと思います。ありとあらゆる、できる限りの最善を尽くしたいものです。

 

脳が変化する力

 この手の脳科学の本で、有名な話に「ロンドンのタクシー運転手」の話があります。
 ロンドンのタクシー運転手は、レベルが高く、ロンドンの複雑な道を記憶して、試験を突破した人しか、なることができません。ロンドンのタクシー運転手は、脳の海馬(記憶や空間学習能力に関わる)が肥大しているそうです。

 このように、以前考えられていたのとは大きく異なり、近年は、脳はかなり変化することが知られてきています。

 これと同じ原理で、病的にネガティヴすぎる人の脳を、変化させることができるのではないか、という研究が進んでいるようです。物事のポジティヴな面に注目し、ポジティヴだと意識し続けることによって、脳の回路が変化することは、研究で実証されているそうです。その他、似たようなことについて、様々な研究が進み、可能性が生まれているようです。

 現在の自分を少し超える強度のトレーニングを続けることにより、脳に効果的に神経回路を構築し、より、物事の上達、学校での勉強、大学受験に役立ちそうな文脈で書かれた本に

超一流になるのは才能か努力か?(文藝春秋

があります。

 

マインドフル瞑想の可能性

 本書では、マインドフル瞑想が脳を変化させるかについて、仏教僧の研究などが載っています。やはり、集中したり、気が散るのを防いだりする脳の回路が、たしかに強くなっていたそうです。また、感情のコントロールを助けるいくつかの重要な領域が高密度になっている、つまり、ニューロンが増加していたそうです。そういう人は、当然、大学受験にも強いですよね。さらに、免疫機能にもプラスの改善が見られたそうです。また、本書のテーマである、悲観脳から楽観脳への変化も見られたそうです。

 マインドフル瞑想により、脳が変化することにつき、イェール大学医学部精神神経科卒業の医師で、先端脳科学研究に携わり、論文も多数、執筆されている久賀谷亮先生の著書、世界のエリートがやっている最高の休息法(ダイヤモンド社 では、さらに多くの変化が書かれています。

 

脳科学は人格を変えられるか?』の感想、書評

 上記のように、近年、脳の可塑性(変化できる)について、大学などの研究による科学的根拠に基づき、物事の上達、トレーニングといった面から書かれた本や、マインドフル瞑想といった面から書かれた本があります。
 本書は、脳の可塑性につき、病的にネガティヴな人を改善できないだろうか、というテーマで書かれています。病的にネガティヴで、生きにくさを感じている人は、世界人口の数%程度にはなるとは思うので、この分野がより一層発展すればいいなと思います。
 また、たとえば、医学部志望者に「物事ができるようになるということは、脳にそのような神経回路が構築されること」と言っても、ピンと来ない場合があります。本書のような、遺伝、脳の可塑性などの基本的な知識について、正確な知識が世間で広まると、世間一般の人々の物の見方、考え方もかなり変わるのではないかと思います。

 本書は、脳科学や心理学に興味がある読者にとって興味深い書籍であると思います。また、自分自身の脳の機能や感情を理解することで、よりよい心理的な状態を保つための方法についても学ぶことができます。特に、不安や悲しみに苦しんでいる人には、陰気な脳を明るい脳に変えるためのアドバイスが役立つかもしれません。

 また、本書には、脳科学と心理学の間にある関係についての興味深い考察も含まれています。私たちの脳がどのように機能し、それが私たちの行動や感情にどのような影響を与えるかについての科学的な知見は、心理学や脳科学の分野に大きな進歩をもたらしています。先述のように、本書が、これらの進歩を読者に分かりやすく伝えることで、より広い読者層に脳科学や心理学についての知識を提供する役割を果たすことを期待します。さらに、著者の科学的な知識と実践的なアドバイスによって、私たちの脳がどのように機能し、私たちの感情や行動にどのような影響を与えるかについての理解を深めることができると思います。
 そして、本書の最後の方には「幸福になるにはどうしたらいいのか」「健康な心をつくる」という項目があります。まさに、このあたりが、本書の究極のテーマなのだと思います。